PORTFOLIO

MOON

MOON vol.19 / 互換 / #FFCBC6

2022.2.1

− 互換 −

Contents

◆ 互換/KAWAGUCHI Yuko
◆ 「互換」/HIRAI Yuta
◆ 互換/MORI Atsumi


互換


「互換性がありません」

Macを使っている私は、しばしばこの問題に出くわす。Windowsで作成されたExcelやWord等の書類を開く場合、このアラートで開けないことがある。開けたとしても、文字の環境等で表示が崩れてしまい、紙面はバラバラ。こればかりはどうしようもないので、いただいた情報に漏れがないよう、細心の注意を払い作業する。

Webサイトの制作でもそうだ。WindowsやMacOS、AndroidやiOS、デバイスの種類、バージョンの違いなどなど、互換性を考えてデザインしなければならないことは多い。フォントひとつにしても、「見る人がどんなフォントで表示されるか」を知っていないと、デザインは崩れてしまう。

互換とは、互いに交換可能なことをいう。

「互換性がありません」
その警告はつまり、「無理」ということなのである。

「無理」なことは、世の中にたくさんある。それは不思議なことに、年齢を重ねるほど増えていく。子どもの頃は、「努力すればなんとかなる」とか「できないことなんてない」とか、そんな風に思っていた。でも、社会に出て思い知った。世の中なんて、無理なことだらけじゃないか。いい意味でも悪い意味でも、無理なことであふれている。

だけど、人間。「なんとかしたい」と思うことがある。無理と分かっていながらも、戦いを挑みたくなることもある。助けを求めることもある。和解を求めたくなることもある。
それは、無理が無理じゃなくなる瞬間を、想像してしまうからかもしれない。戦隊もののヒーローが自分より何倍も強い敵を打ちのめすように、ピンチの時に救いの女神が現れるように、いがみ合っていた人たちが手を取り合ってたたえ合うように、そういう「ドラマ」のような世界に、夢や希望を抱いているのかもしれない。

互換性がない場合、データによっては、互換できるデータに変換することができる。私が日頃使用しているAdobe社のソフトを例にすると、バージョンの違い等で開けないことがあるので、相手の環境に合わせて、互換性のあるデータに変換することができる。それがすべて可能なわけではないが、相手の環境を知ってさえすれば、相手に合わせて「互換」を生み出すことができるのだ。

世の中には、どうにもならないことがある。もちろん、それを受け入れるのも人間の強さだし、どうにもならないことは、無理にどうにかする必要もないと思う。
でも、少しでもどうにかしたいという気持ちがあるのなら、動くべきである。互換性のあるものに、作り変えることができるかもしれない。

「互換性がありません」
このアラートが出たとき、自分ならどうするか。
これからの生き方を試されているような気がする。


KAWAGUCHI Yuko
profile, portfolio


「互換」


その人にしかできない仕事、
には、とても価値がある。

探究の先にあるもの。
その仕事を受け取った人には、
きっと感動が生まれている。
自分も、そんな感動をいくつも受け取らせてもらってきた。

その反面、
自分の仕事の実力や地位を驕り、
見下したり、貶めたり、
傲慢な態度や言動をとる人にも出会ってきた。

下請けとして働いていた時には、
そういう依頼主さんにも何度か会った。
お仕事をいただいているのだから、それは当然のことだ。
そう思ってはいたけど、やっぱり尊敬はできなかった。
いい仕事をいっしょにしようと思えば、
そんな関係性でないほうが理想だと、自分は思うからだ。
プロフェッショナルの世界はそんなに甘くない。
そう言われるとお返しできる言葉はないけど、
そこに愛があるかどうかはちゃんとわかる。


つい最近も、そんな人と仕事で関わらなければいけなくなり、
どうしたもんかなぁと悶々と考えながら出勤中、
気付いたら制限速度40kmの道を55kmで走ってしまっていた。
ネズミ捕りに捕まった。

手続きのため警察車両に入ると、
「すみません」
と警察官に謝られた。

昨年、京都市内の警察署から、
この町に異動になり引っ越して来た奥さんのいとこだった。
たまに、うちでいっしょにご飯を食べたりしていた。
この町に来て唯一の知り合いが取り締まりに引っかかってきた。

違反をして謝らなければいけないのは自分なのに、
警察官に謝られるのは不思議な気分だった。
思わず笑ってしまった。

手続きが終わって帰る際、
彼はもう一度「すみません」と謝った。
気のいい彼の素直さに、心が和んだ。
そして、二度と速度超過はしないでおこうと素直に反省できた。


嫌なバイブスは負の連鎖を生む気がする。
被った嫌なバイブスに思考を使っていると、
奪われた視野の狭さのせいで何かを損なったりすることが増える。
そして、その小さな損ないは、続いたりすることが多い。
連鎖するなら、自分は逆の方がいい。
気持ちのいいバイブスのなかで生きていたい。

雇われて働いている以上は、結局どこに行っても、
いっしょに働く人を選ぶことはできない。
相性のいい人もいれば、悪い人もいる。
嫌なバイヴスを出す人が同じ職場のなかにいると、本当に厄介だ。
もちろん分かり合いたいと努力はするけれど、無理な人は無理だ。
そんなときは諦めて、去る。
そんなことを何度か決断し、ここまで来てしまった。

つまり自分は、
社会という集団のなかで、
互換性の低い人間ということだと思う。
うまくやれないことが多かった、という事実。
でもそれは、
気持ちのいい仕事ができる組織で働かせてもらっていたときの経験が、
現在の自分をつくっているからこそ、そうなのかもしれない。

組織で働くということは、
仕事の技術やノウハウをなるべく広く全体に浸透させていき、
業務の効率を上げて成果に繋げていくことが理想だと思う。
誰かにしかできない仕事をなくしていくことが、底力を上げる。

だけど自分は、この町を拠点に生きることを決めて、
自分の性格や、年齢や残り時間など諸々を考えて、
いったん独立に挑戦してみようと思った。
本当に必要とされる仕事をしないと食っていけないと思ったし、
そんな仕事を自分でつくってみたいと思った。

本当に価値がある仕事なら、
その仕事が広まっていくほうが
その価値を受け取れる人は増える。
同じような種類のなかでも、色んな個性が独自性を持ち、
その違いを面白がりながら発展してきた様々な文化や業種のように、
自分も社会にいいバイヴスをもたらし、
底力を上げるひとつの個性として生きていけたらいいなと思う。
どんな社会がいいと思っているのか想像して、
自分に何ができるのか考えて、そんな理想を目指したいと今は思う。
そして常に、自分がどこから来たのかを忘れない。


HIRAI Yuta(CRAB WORKS)
https://crabworks.jp


互換


リモコンの電池は単3や単4といったサイズさえ間違えなければ、どこのメーカーのものを買ってきても取り換えることができるし、古い文書ソフトで作成したデータでも、新しいソフトで開くことができる。
互換性があるおかげで、きちんと替えの効くようになっているおかげで、私たちは電池さえ替えればそのリモコンを使い続けることができるし、いちいち新しい文書ソフトをダウンロードせずに済んでいる。

こと人においては、「替えが効く」というのはマイナスのイメージにとられがちで、皆「替えの効かない」存在になりたがる。
しかしながら、組織に属して働いていると、たいていの場合替わりになる人間はいるものだし、一見なくてはならない存在に見えたとしても、なんだかんだ、同じような役割を果たす存在が現れて、社会はきちんと回っていく。
ただ、人の「替え」は同じような歯車の役割をこなせたとしても、工業製品のように替わる前と全く同じとはならない。

お茶の世界では、お茶を点てるための決まった所作・決まった手順が決まっていて、その際に使う道具も、この季節・この作法にはこういったお茶碗や水差しを使うのがよい、というものがある。
しかし、そのルールが全てなのではなく、それらのルールをベースにしつつ、亭主が自身の集めたお気に入りの道具の中から、その時の気温や天候、お客の雰囲気に合わせてひとつひとつ道具を選び、コーディネートして、その日のお茶会にふさわしい空間を作る。

またその際、「見立て」といって、本来の用途ではないものをお茶の道具として取り入れることもある。例えば、漁師が捕まえた魚を入れていた籠を夏場の花入れにしたり、カフェオレボウルをお茶碗として使ったり。案外自由だ。
お茶を点てるためにそれぞれの役割をこなすと同時に、この花入れを置くことで涼しげな雰囲気にしようとか、現代風の部屋に合うようなお茶碗を使おうとか、道具の意外な互換性や演出をお客と一緒に楽しむことも、お茶の一つの楽しみなのである。

人の場合の「替えが効く」というのは、機械の部品よりも、お茶の道具に近いように感じる。
他の人に取って替わったとしても、少しずつやり方は違っていたりするし、性格やコミュニケーションの取り方も違えば、まわりの受け止め方も変わる。門外漢が意外とぴったりはまって、いい仕事をしたりもする。
人が一人替わると、同じように回っていても、その組織はそれまでと同じ雰囲気にはならない。

日々の暮らしの中で亭主になったつもりで、あぁ、私がいることでこんな趣を生み出しているんだなぁと俯瞰してみると、少し豊かな人生を歩める、かもしれない。


MORI Atsumi
元・丹後在住。現在は京都市内でデスクワークの日々。


編集後記

2022年になって、一ヶ月が過ぎた。世の中は第6波に見舞われ、仕事にも影響が出ている。落ち込むことが多いけど、最近幸せなことに、あたたかい言葉をよくかけてもらえる。

「気楽にいこうぜ!」「大丈夫!」とか、「元気がないって聞いたけど」とか。
私はなかなか人のことまで気遣いできないのに、そうやって声をかけてくれる人がいる。心から嬉しい。

一緒にものづくりをしようと、相談してくれることも増えた。「一緒にやろう」「一緒に考えよう」。その「一緒に」が嬉しい。一方通行ではなく、ともに作り上げ、成長していく感じ。それぞれの目標に向け、それぞれの役割をもって臨む感覚。なんとも心地よい。

新しいプロジェクトは動き出している。楽しみだ。

2022.2.1 KAWAGUCHI Yuko



『MOON』とは…
バックナンバーはこちら

PAGE TOP