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MOON

MOON vol.26 / 依 / #ff0000

2022.9.1

− 依 −

Contents

◆ 依然/KAWAGUCHI Yuko
◆ 「依」/HIRAI Yuta
◆ 憑依してる?/MIYAKITA Hiromi
◆ 依りかかる/MORI Atsumi


依然


「依然」という言葉は、ネガティブな意味で使われることが多いと思う。

昨今の状況を踏まえると、「3年目を迎えても依然として終息の兆しが見えないコロナ禍」だろうか。社会的には、終息ではなく「収束」を目指す方向とされているが、いずれにしても、「依然」という言葉が当てはまる。

「依然として」の意味をネガティブに捉えてしまうのは、日本人が、「現状維持」を「停滞」と捉えるからだろう。あの俳句や絵画等の力量を測る人気テレビ番組も、現状維持をそのように扱っている。がっかりする必要はないと思うが、やはり人には、少しでも上にいきたいという向上心があるのだろう。

変化の激しい世の中、現状を維持することすら大変なことは極めて多い。よく、「一日一日を大切に生きる」というフレーズを耳にするが、その精神はとても重要だ。人生、何が起きるか分からない。生きていることが当たり前ではないという事実は、案外忘れがちである。朝日の眩しさで目が覚める幸せを、忘れてはならない。

依然として日本の景気はよくならないし、依然として少子高齢化も止まらない。依然として飢餓に苦しむ人たちがいて、依然として戦争もなくならない。

それでも前を向けるのは、これもまた、人間だからだろう。

「依」は、名前に使われることが多い。「人を安らかにする」というポジティブな意味もあるからだ。そう考えると、依然という言葉には、私たちへの鼓舞激励も含まれているように感じる。

繰り返す波のように、変わらない、でも、確かな日々がある。
今年も夏が終わる。

KAWAGUCHI Yuko
profile, portfolio


「依」


我が家もとうとう、
奴らの侵入を許してしまった。

自分だけは陰性だったが、
実際どうだったかはわからない。

ガイドラインに従って、
復帰の前々日と前日に、抗原検査で陰性が出たので、
濃厚接触者となってから5日ほどで厨房に復帰した。

そこからは、怒涛の厨房業務をこなし、
気がついたら、夏は終わりかけていた。


そんな夏の終わりに、突然の訃報。

実家の両親が営むお店の常連さん。
酒が好きで、煙草が好きで、
うちのお店と、そこに集まる人たちをを好きでいてくれたのだろう。
ほんと、毎日のようにカウンターに座っておられた。
亡くなる1週間前も、もうだいぶ身体は悪かったと思うけど、
携帯の酸素カプセルを持参して、
それでもここで呑んでるほうがいいのだと、
笑っておられたらしい。
気の良いおっちゃんで、自分も大好きだった。

事情や都合、程度は人それぞれだけど、
何かによりかかるということは、
悪いことばかりではないように自分は思う。
よりかかれるものがあるということは、
幸せなことなのではないかとも思う。

そう考えると、
ウィルスの生き方も、あながち否定はできないな、と思う。


HIRAI Yuta(CRAB WORKS)
http://crabworks.jp


憑依してる?

MIYAKITA Hiromi
https://miyakitahiromi.com/


依りかかる


祖父はタバコが好きだった。
頑固な性格もあって、歳を取って肺を悪くして、医者からも家族からも止められても、こっそり吸っていて、体調を悪化させては怒られていた。
タバコをカッコよくくゆらせるのには憧れるけれど、そんな祖父の姿を見ていたから、自分は絶対に吸うまいと決めている。

けれど、お酒には早々に手を出した。
人との潤滑油にしたり、今日の自分を労ったり、飲める体質だったことに感謝しながら、楽しく付き合っている。
今のところ、いい距離感を保てているんじゃないかと思う。

一時期、これがないと仕事ができないと思っていたのは、コーヒー。
朝、一旦はコーヒーなしで席に着くけれど、頭の中では、コーヒーが欲しい、コーヒー欲しいと渦巻いていて、ドリップのコーヒーを淹れて、ようやく仕事に取り掛かれるようになる。

香りでイライラを鎮めて、苦味で眠気を散らして。
けれど、何かがないといられない、という状況をヤバいなと感じて、部署が変わるのを機に、コーヒー断ちした。
机の上にペットボトルの水を置いておいて、コーヒーが飲みたいなと思ったら、代わりに水を飲む。意外となくてもいられるなと思いながら、1週間、2週間と経っていった。
恐らく、慣れない環境での緊張感とか、前に比べて仕事量が減ったこととか、要因は色々あると思うけれど、気付けば、コーヒーがなくても大丈夫になっていた。
今でも、集中したい時や気合を入れたい時にはコーヒーが欲しくなるけれど、前ほどの渇望感はない。その状況に、あぁ、ちゃんと自立した自分でいられている、と思えるし、そんな自分が誇らしくなる。
そして、毎日飲んでいた時よりも、今の方がコーヒーがおいしい。

気付けば求めてしまう、というものがある状況は苦しい。
脳がそれに支配されて、イライラして、ないと不安で、そして、あぁ、また手を伸ばしてしまったという思いに苛まれて。

ものでも、ことでも、人でも。
そして、そういう時の自分は弱い。

いつなんどきでも傍にはなくたって生きて行けるけれど、あれば、日頃背負っているものを少し降ろして、また前に進む糧になる。
そんな、上手く依りかかれるものがあれば、心強い。


MORI Atsumi
元・丹後在住。現在は京都市内でデスクワークの日々。


編集後記

機種依存文字とは、電子的に扱う文字データのうち、利用するパソコンやスマートフォン等の環境によって文字化けや全く表示できなくなるものをいう(農林水産省Webサイトより)。今回のキービジュアルに落とし込んだ文字らがその一部だ。

私はMacなので、Windowsから送られてきたメールにおいて、この件はたびたび苦労する。慣れてしまったところもあるので、(日)(月)(火)といったよくある文字化けは読み解けるが、本文全部が文字化けしていたり、添付写真が開けなかったりと、間々ある。

依存というと、相手に「寄生」してしまうイメージであるが、このように、自分の環境に依存するパターンもある。自分の環境でしか適応できないため、相手に合わせることができない。

機種依存文字についての問題は、昨今は、文字コード等の普及により解決しつつはある。とはいえ、ビジネスにおいては、相手の環境のことを思って、どちらでも表示可能な「共通に使える文字」を使用するのがベストである。

結局、「依存」という現象からは、抜け出すことができないのかもしれない。
それはそれで、おもしろいのだが。

2022.9.1 KAWAGUCHI Yuko



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